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ひらかわ市民新聞(ひと)

ひらかわ市民新聞

(注)ひらかわ市民新聞の記事は、「市民記者養成講座」受講生が平川市民記者として取材・作成したものです。

また、掲載内容は取材当時のものです。

ひと 景観 地域 湯めぐり グルメ

 

NYの熱狂を平川に─ 津軽笛奏者の思い ─

2020年4月9日

佐藤ぶん太、氏

 2019年10月6日、ニューヨークのカーネギーホールで津軽笛奏者・「佐藤ぶん太、」さんと世界で活躍するアーティストが共演したコンサート「Wind of Tsugaru(津軽の風)」が行われた。ねぷた囃子(ばやし)やオリジナル曲などを披露し、ニューヨーカーたちのスタンディングオベーションを受けたという。そのコンサートが、佐藤さんが生まれ育った平川市で開催される。「平川に恩返しがしたい」と語る佐藤さんの思いには、平賀保育園との交流があった。
 佐藤さんは大坊出身。幼少時から祭りが好きで、祭り囃子に参加。9歳の頃から横笛を学び始めた。高校3年には史上2番目の若さで青森県下登山囃子奉納本大会に優勝。横笛奏者としての実力を着実につけていった。高校卒業後は地元に残り、音楽活動を続けるためにホテルや観光施設などで働く。そんな中で平賀保育園から楽曲制作の依頼があったのは2003年。「初めての制作依頼だった。今井哲園長から声を掛けてもらい嬉しかった。今井園長とはそれ以来の交流」と佐藤さん。15年以上がたった楽曲は、現在も保育園の遊戯会などで子どもたちによる演奏で披露されている。
 佐藤さんは非常勤講師として平川市の小学校、中学校の子どもたちに笛の演奏を教えている。県外にも教室を持ち、今までに指導した人数は4千人以上。他ジャンルとのセッションや国境を飛び越え、新しい音楽の探求と開拓を続けている一方で郷土芸能の伝承活動にも力を入れる。「東京ではなく、地元平川で開催することに意味がある。ここで産まれ育たなければ、カーネギーはおろか笛を好きになることもなかった」と佐藤さん。コンサートの開催は7月3日。佐藤さんの思いがまた一つ実を結ぶ。

 

(記:市民記者 小野勝也)

79歳でツイッターを始めた「ひらかわ案内人」

2020年4月9日

 

 平川市内のまちあるきや観光スポットを紹介する団体「ひらかわ案内人」は、現在11人が在籍する。その中でも最年長80歳の桑田悟博さんは案内人の活動をはじめて7年目。最年長でありながら、昨年1月からツイッターでの情報発信をはじめた桑田さんにお話を聞いてみた。

 案内人桑田さん

 桑田さんが案内人になったきっかけは、岩木山神社で見つけたある絵馬との出会いだった。「祀られている絵馬の名前がすべて『藤原』姓であることに気づいた。調べていくうちに、津軽の歴史のおもしろさにハマった」と桑田さん。津軽ひろさき検定を初級3回、中級2回も合格するほどになった。うわさを聞きつけた「ひらかわ案内人」からの依頼で、2期生として加入した。

 

 ツイッターを始めたきっかけは、ガイドで案内するコースのほかにも「もっと魅力的な場所がたくさんあることを発信したい」と思ったことから。帰省中だった孫に手伝ってもらいながら、昨年1月にツイッターデビューを果たした。

 ツイートは、案内人桑田さんならではの視点で、津軽圏域の知られていない情報や、季節の風景や草花の写真などを発信。80歳とは思えないおちゃめな絵文字の使い方で、見る人を楽しませている。

 案内人の活動をしている中で、想定外の質問や自分が知らないことを聞かれ、答えられないことも多いそう。そんな時は、次回までに調べることを課題とし、それを調べることが楽しく、今ではやりがいのひとつになっている。「元気なうちはひらかわ案内人を続けていきたい」と笑顔を見せる。

ひらかわ案内人の活動の様子

 

【ひらかわ案内人】

平川市猿賀石林94 平川市ふるさとセンター1階(平川市観光協会内)

☎0172-40-2231

 

(記:市民記者 北山詩野)

 

豪州から平川へ~中西 ペニーさん(英会話教師)~

2020年4月9日

中西ペニーさん

1975年オーストラリアのニューサウスウェールズ州のニューキャッスル市生まれ。

2010年に同志社大学社会学部教育文化学科卒業したのち、2014年にシドニーの神学校を卒業。また、2011年に英国ケンブリッジ大学認定英語教師の資格CELTAを取得。2013年に西シドニー大学・英語教科における修士号MA TESOLを取得。

2014年4月にキリスト宣教師として来日し、現在は平川市で英会話教室を開き、英会話を教えている。

 

ー 中西ペニーさんは日本の名字ですが、ハーフなのでしょうか?

 いいえ、私は20歳の時に日本人の方と結婚しました。10年近く結婚生活を送っていましたが主人が38歳の時に亡くなって、再婚はしていないので名字は『中西』のままなのです。

 

ー どういった経緯で平川市に来たのですか?

 小学生の時にとても小柄だった私は、小さくて可愛いものが多い日本を好きになり、14歳のころに日本で宣教師になる夢を持ちました。そして、20歳のときから通っていた滋賀県の守山キリスト福音教会(他界した主人の教会です)の当時主任牧師であった上田正美先生が始めたプロジェクトの一つであった教会のない街に教会を建てる計画が、私が平川市に来ることになったきっかけです。

 

ー どういう活動を行っているのですか?

 メインの活動は英会話教室と平川キリスト福音協会の宣教師です。現在、54人の生徒にレッスンをしています。昨年の3月には5人の生徒を連れて、オーストラリアで語学研修も行いました。

 

ー 英会話を教えるうえで心掛けていることは何ですか?

 心掛けていることは、生徒のレベルに合わせて単語を選び、ゆっくり話すことです。ゲームや歌などを用いて楽しく英語を教えることで生徒の学ぶ意欲を引き出しています。また、海外に行ったら役に立つ英語力やコミュニケーション力が身につくような実践的な英語にも力を入れています。教室以外では、毎年夏に、BBQをしたり、冬にはクリスマス会を開いたり、さまざまなイベントを開催してコミュニティづくりをしています。そういった場でみんなという「仲間」に会うことが楽しみです。海外からのお客さんが来ると、生徒と一緒に鍋パーティーやピザパーティーなどをして国際交流を楽しんでいます。

 

ー 平川市の皆さんに一言おねがいします。

 今まで知り合った平川市の皆さんはとても優しかったです。私を受け入れてくれてありがとうございます。とても感謝しています。平川市民になれてうれしいです。

 4月からまた英会話教室の生徒を募集します。また、7月にはアメリカから仲間が移住してくる予定です。その仲間と一緒に活動できることがとても楽しみです。これからもよろしくお願いします。

 

【ペニー英会話教室】

平川市本町村元8-11

☎0172-55-5373

 

(記:市民記者 長尾万宙)

 

走りで地元へ貢献 ~工藤 隼人さん(陸上選手)~

2019年1月9日

工藤隼人さん

平賀地域杉館地区出身。

1994年生まれ。中学生から本格的に陸上をはじめ、黒石高校、亜細亜大学へと進学。卒業後は山形県南陽市にあるNDソフトウエア株式会社に入社。実業団「NDソフトアスリートクラブ」に在籍。平川市小体連1500m記録保持者。

 

― 陸上をはじめたきっかけは?

 小学校のマラソン大会で1位になり、「平川市小学校対抗陸上競技大会」に選抜され1500mへ出場しました。そこで優勝したことが陸上をはじめるきっかけになりました。小学校時代は週1回スイミングスクールに通っていたぐらいで、本格的に陸上をはじめたのは中学からです。

 

― 陸上競技を続けている中で一番印象に残っている大会は?

 亜細亜大学3年時、関東学生連合チームで出場した「箱根駅伝」です。大会に関わるすべての熱量に圧倒されました。

 

― 現在はどのような活動をしていますか?

 所属している実業団では、普段は会社で仕事をしており、人事系のデスクワークが中心です。陸上競技では主に5000mと10000m競技に取り組んでおり、最近では2017年の東日本実業団駅伝に出場しました。

 

― 今回の青森県民駅伝(※)への出場はどうでしたか?

 県民駅伝に関しては毎年お誘いいただいているので、監督からOKがもらえればいつでもお手伝いしたいなと思っています。今回久しぶりに走りましたが、チームや関係者の方々の温かい雰囲気や、何よりみんなが楽しそうにしている姿に「地元で走るのも良いもんだな」と改めて思いました。機会があればまた参加させていただきたいです。

 

※2018年9月に行われた第26回青森県民駅伝競技大会で、平川市は順位を昨年までの28位から19位へと押し上げる快挙となった。その立役者が工藤さんだ。40チーム中、区間4位の走りをみせた。

※本記事は2018年11月の取材時点の情報をもとに作成しました。

 

(記:市民記者 樋口麻紀)

 

東京で活躍 ~工藤 順平さん(ソムリエ)~

2018年2月1日

工藤順平さん

尾上地域南田中地区出身。

1985年生まれ。弘前工業高校卒業後、ホテルニューキャッスルに入社。2012年にはJSAソムリエ・スカラシップで優秀賞(最高賞)に選ばれる。2013年、ホテルニューオータニに入社。「トゥールダルジャン・ワインアトリエ」「自由が丘ワインスクール」にて講師も務める。

お仕事中

― なぜソムリエを志そうとしたのか?

 ソムリエとは、飲食店におけるワインをはじめとした飲料の販売、管理を担当する仕事です。20代前半にレストランに勤務し、ワインに触れる機会が増えたことでサービスを提供する立場として、きちんとした商品知識を身につけたいと感じたため。

 

― ソムリエになってやりがいを感じることは?

 ソムリエは料理人やバーテンダーと違い、「オリジナルの味」を造ることはできません。すでに完成されたワインにいかに付加価値をつけてお客さまへサービスができるかが重要となります。提供温度や空気接触、グラスの形状と合わせる料理との兼ね合いなど、適切な提案をしなければいけないことにやりがいを感じます。

 

― ワインの魅力とは?

 他の酒類が製造工程で仕込み水を使用するのに対して、ワインの液体はすべてブドウの果汁。だからこそデリケートであり、瓶詰後も熟成を楽しむことができます。また、ワインを通して人脈を広げることができることも魅力。ワインは人と人とを繋ぐすばらしいツールです。

 

― 今後の目標は?

 東京でキャリアを積んだのち、地元青森でのワイン文化発展に貢献したいことと、プロのソムリエの育成および一般消費者への啓蒙活動もさらに行っていきたいです。また昨年、日本酒に特化した認定制度「JSA・SAKE DIPLOMA」の資格を取得。ワインだけでなく日本の食文化全体の発展に貢献していくことを目標にしています。

 

(記:市民記者 小野勝也)

 

青森から世界へ ~GOMAさん(アーティスト)~

2018年2月1日

GOMAさん

尾上地域日沼地区育ち。

1986(昭和61)年生まれ。東北女子短期大学卒業後、保育士となるが、2012年にアーティストデビュー。2015年には「JAPAN EXPO 2015 PARIS」に出演するなど国内に留まらず、海外でも活躍する。

制作風景

― アーティストを志そうと思ったきっかけは?

 23歳の時、「絵の勉強がしたい」と保育士を辞めて秋田公立美術工芸短期大学に入学しました。勉強はずっと苦手だったのですが、この時は「勉強がしたい」と思いました。在学中にスプレーアートに出会い、毎日100枚以上を独学で学び、ファッションビルからの依頼で常設展を開催。FacebookやTwitterで話題になり、半年後、アメリカマイアミから招待を受け渡米。帰国後ライブアートショーのオファーが来るようになり、大学卒業後プロアーティストとしての活動を始めることにしました。

 

― アーティストになってやりがいを感じることは?

 0から1を作る作業に楽しさ、そして生まれてくる作品たちを見て、いろいろな人たちが喜んでくれるところにやりがいを感じます。

 

― アートの魅力とは?

 さまざまなアート作品があり、制約はないことこそアートです。そこにはファンタジーがあることだと思います。

 

― 今後の目標は?

 現在は青森県を拠点に日本全国、海外に向けて作品を発表したり、ライブアートや特別支援学校などでボランティア活動を行っていたりします。私の作品・考え方がいろいろな形でもっと世に出て、たくさんの人を楽しませてあげられたらいいなと思います。たくさんの人を楽しませる作品を発信していきたいです。

 

(記:市民記者 畳指謙自)

 

津軽舞台の日仏合作映画に主演
-平川の小学生、夢はまた映画に出ること-

2018年2月1日

古川家

ー出演した古川家(右奥から時計回りに)父・孝さん、姉・蛍姫さん、鳳羅くん、母・知里さんー

 

 偶然の出会いだった。弘前で行われたイベントの会場内で元気に走り回る古川鳳羅(たから)くんを、五十嵐耕平監督とフランス人映画監督のダミアン・マニヴェルさんが見つけた。「最初は映画に出演させる気はありませんでした」と、突然の映画出演の依頼を断ったという鳳羅くんの母・知里さん。考えを改め、話だけでも聞いてみようと2人の監督に会ったのはそれから3日後。その1年後にはイタリアで開催された「第74回ヴェネチア国際映画祭」の大舞台に立つことになった。
 鳳羅くんは現在、平川在住の小学2年生。映画の撮影は2017年1月中旬から2月末まで津軽一帯で行われ、古川家も全員が劇中の家族として出演している。「カメラは見ない」「監督の指示に従う」「ゆっくり動く」の3つを守て撮影に挑んだ鳳羅くん。難しいことはなく楽しかったと笑顔で振り返る。

 

ー撮影秘話、そして映画完成
鳳羅くんが撮影期間中に高熱を出すというハプニングがあった。撮影は中止。自宅療養となった鳳羅くんだが、「撮影に行かなきゃ」と寝ることができず落ち着きもなかったという。そこへ見舞に訪れた監督やスタッフから「休むことも大事」「早くよくなって」と言われ、安心して眠りについた。「不思議な関係が生まれている気がする」と知里さん。翌日にはすっかり熱は下がり、改めて撮影に挑んだ。
 完成した映画はヴェネチア国際映画祭で初めてお披露目された。スクリーンに映る鳳羅くんの姿に成長を実感した知里さんは自然に涙があふれたという。一方の鳳羅くんは知里さんの手を強く握り、スクリーンに映る自分の姿から目を離さなかった。
 「映画にはまた出演したい」と鳳羅くん。「冒険ものが好き」と話す。映画「泳ぎすぎた夜」の公開はこれから。その瞳にはたくさんの夢が広がっている。

 

(記:工藤健)

 

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生涯学習課

平川市光城2丁目30番地1(文化センター内)

電話番号:0172-44-1221

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